郁子.Armandiのシカゴ便り

Vol.U(2月1日)


★New Orleansで思ったこと
ドラムで作ったベースとギターでブルースを演奏する大道芸人

1月12日から16日にかけてNew Orleansに行って来ました。
International Association of Jazz Educators(IAJE)のコンフィレンスに参加することが主な目的だったので、ピリッと辛いので有名なNew Orleansの料理を堪能してきたのですがそれはまたの機会に譲って、そのコンフィレンスで聞いた演奏のことを今回は書きたいと思います。

ミシシッピー川とメキシコ湾に流れる大きな湖に囲まれたNew Orleansは、Jazz発祥の地としても有名な場所である。Louis Armstrongはこの町で売春婦の母親から生まれ、少年刑務所のようなところでトランペットを習い、赤線地帯で演奏した。観光客でごった返すバーボンストリート界隈は今も踏み込んではいけないような怪しげな世界が足下にひたひたと流れている。そんな街角から聞こえてくる陽気な大道音楽家の演奏もこの街の歴史を考えるともの悲しく感じる。
この街はフランスに占領され、スペインに渡されアメリカ合衆国により買い取られたが、そこには長い黒人奴隷の歴史がつきまとうからである。Jazzの歴史を語ることは、奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人の歴史の一つを語ることだ。アラバマ州で、仕事帰りにバスに乗り、疲れていたので後から乗ってきた白人に席を譲らなかったとして逮捕された黒人女性がまだ生きて健在であることを考えてもアメリカ合衆国の人種差別問題は根が深い。

 ジャズ界には偉大な黒人ミュージシャンが今も昔もごろごろ存在する。従って自ずと演奏者には人種差別者が少ないと思われる。差別意識があると一緒に演奏したり、教わったりすることは難しいだろう。しかし「黒人から生まれた卑しい音楽」としてジャズは長い間一般のクラッシック音楽家や音楽教育者からは冷たいあしらいを受けてきた。今回のコンフィレンスで、大きな音楽教育者の団体が挨拶をし協力して行くことを約束するスピーチをしたが、これは大変画期的な出来事らしい。日本ではまるで高級な音楽のように扱われているジャズは、地元アメリカ合衆国ではついこの間まで一般には認められない、やくざな音楽だったのである。

もちろん自国で生まれた音楽だからと言う側面もあるが、第一線で活躍するほとんどのプレイヤーが教育者でもあるせいで、こちらではJazzの教育がさかんである。大学レベルでJazzが教えられているので、そのポストに就くことがプレイヤーにとっても一つのステイタスでもあり、ジャズを世間に認めさせる為に次の世代に優秀な人材を育てることに力を注いできた為と思われる。
今回で27回目を迎えるコンフィレンスにも小学生のビックバンドから超有名な演奏家まで、講演、ワークショップ、コンサート、そして楽器や譜面の展示即売など豊富な内容で、学生から大人まで様々な年齢層の人たちがそれぞれに楽しんでいる光景が見られた。
因みに今回のビックスターは、Ellis Marsalis(Wyntonのお父さん。彼はNew Orleansに今も住む)、サックスのJoshua Redman、70年代にヒットを飛ばしたピアノのRamsey Lewis、そして日本でもお馴染み、20代にしてもう巨匠の域に入ってしまったベースのChristian McBrideとピアノのBenny Green、ギターのRussell Maloneのトリオ、ビックバンドではCount Basie Orchestraなどが夜のメイン舞台で演奏をした。

メイン舞台ではRamsey Lewisの演奏に大変心を奪われた。ベースとドラムを加えたトリオでの演奏だったが、それぞれに高い演奏テクニックを持っているので洗練された掛け合いとクラッシック音楽のエッセンスが私のような「素人ジャズファン」には心地よかった。彼をソフトジャズ的な、Kenny Gのような音楽家だと勝手に思っていた自分が恥ずかしかった。彼は歌心のある、それでいて大変抑制のある都会的な演奏をする人だった。

古典的なデキシーランドジャズを聞かせている店で


もう一つ、私が心から感動した演奏がある。それはHank MarrというハモンドB3オルガンを弾く人の演奏だった。オルガンという強弱のコントロールの難しい楽器を自由自在に操る彼から聞こえてきたものは、オルガンによるジャズではなく心に直接響く純粋な「音楽」だった。
楽器が「道具」となって演奏者の心を伝える時、その楽器はまるで存在しないかのように感じる。そこにあるのはただ、演奏者の魂の静かな叫びのようなものだ。B3オルガンは彼にとって小さいときからの遊び道具だったに違いない。James Galwayが「フルートは自分の腕の一部である」と言うのと同じようにHank MarrにとってB3オルガンは「征服すべき難しい楽器」ではなく、自分を表す体の一部にすぎないのである。本当に素晴らしい演奏だった。その場に居合わせた何人かは泣いていた。彼の静かな叫びを聞いて。私も泣いた。どちらかというと泥臭い彼の演奏には、万人から認められるような(言い換えれば無個性な)王道街道を歩いてこなかった彼の人生があったから。

二人は偶然にも同じ曲を一曲演奏した。それは「Amazing Grace」という曲だった。去年1999年はたくさんの偉大なプレイヤーが死んだ。その中でも去年のIAJEのステージで素晴らしい演奏をした一人だったMilt Jacksonの死は、多くの人にとって悲しい出来事だったのだろう。二人とも彼の名前を口にした。そして彼が今いるだろう、僕たちも死んだら行きたいところだとHank Marrは言い、Ramsey Lewisは彼らに捧げると言って他の黒人霊歌と共に演奏した。

私も「Amazing Grace」はこちらに来て何度か演奏したことがある。ほとんどの人が知っていて愛されている曲だからだ。しかし二人の演奏を聞いて、もうしばらくは演奏しないだろうと思っている。今の私には、きっと外国人が八木節を演奏するような表面のみをなぞることしか出来ない。あの曲を演奏するに足りる精神性を持ち合わせていない。いつか私にも人生がもう少しわかって、精神的に深いものを表現出来るようになったら吹いてみたい。必ず吹けるようになりたいと思う。Hank Marrのような「Amezing Grace」は演奏できないかもしれないけど、せめて「小諸馬子歌」くらいは納得のいく演奏ができるようになれるかな…。

人の心を動かす演奏の要素とは何だろう。
今現在思う要素は…
1.曲の解釈を越える精神性
2.その精神性を表すことの出来るテクニック
精神性は「愛」という言葉で置き換えることが出来るかもしれない。

寄せ集めのデキシーランド風大道芸人 オリジナルCDも持っていた


コンフィレンスでは毎日どちらかというと新しいスタイルの演奏がガンガン行われていたので、バーボンストリートのバーで聞いた古典的なデキシーランドジャズにはちょっとホッとした。音の狂ったピアノを弾く男はいつも女の子にウインクしていて、クラリネット吹きはビールを浴びるほど飲んでいる。歌うバンジョー弾きの声は、しわがれていて意味がハッキリ聞き取れない。踊り出すカップル。大声で歌う酔っぱらい。あきらかにひっかけられたアジア人の女の子の媚びた笑い声。誘う男達。

おもしろい物がこの街には溢れていて眠れない。皆さんも是非一度訪ねてみて下さい。


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